1月8日 今年も誕生日がやってきました。

kosugi

今年もやってきました「誕生日」。

ふと、子供、学生の頃はどんな感じだったかを思い出してみました。

 

【幼稚園時代】

注射が苦手でした。予防接種の自分の順番がやってくると、幼稚園中を泣きながら逃げ回り、先生に捕まって、ようやく予防接種へという感じでした。小学校に上がる前に幼稚園でランドセルの一括購入があり、申込書に「古杉 和美」と書いて性別の欄がないのでイヤな予感がしました。

結局、届いたのは「赤いランドセル」。泣きました。黒いのに換えてもらいました。

 

【小学校時代】

全く泳げませんでした。楽譜が読めませんでした。当然、楽器は何も弾けません、吹けませんでした。

5年生から少年サッカーを始め、キーパーでキャプテンでした。なぜ、サッカーを始めたかというと、その頃は「男の子は、野球をやるのがあたり前」の時代でした。それがイヤだったからです。この頃から横並びがイヤな性格が顕著になりだしたかもしれません。

色々と遊びを考えだして、友達と一緒に楽しむのが好きでした。料理を始めたのもこの頃でした。料理も遊び感覚でやっていました。

小学校最後の6年生の夏、溺れるような感じの泳ぎでしたが10m泳げました。

この時、「できなかったことができた」という実感を感じて、かなりブレイクスルーした気分でした。でも、音楽は歌うこと以外は全くダメで、今では考えられない事実です。(笑)

 

【中学校時代】

サッカー部に入りたかったのですが、サッカー部がない中学校で、何となく軟式テニス部に入りました。4月から部活が始まる訳ですが、同じ頃「機動戦士ガンダム」の放送が始まり、たまたま第1話「ガンダム大地に立つ」を観た時から心を奪われていく訳です。いつしか軟式テニス部を辞めて、「アニメのセル画」を書き始めていました。アニメの作品は色々と観ましたが、その裏の「制作」に強い興味を持って、探求していました。「アニメージュ」「ジ・アニメ」という雑誌を愛読していました。そして、この「アニメージュ」の中であの「風の谷のナウシカ」が漫画で連載されていたのです。中学時代は、アニメの制作の研究に没頭し、セル画を描いていた思い出が強いです。それとFMで洋楽を聴き始めていました。この辺りが高校時代のスタイルに大きな影響を及ぼし始めます。

そして、初恋。卒業間際に告白し、見事に沈没。(涙) 中学時代が終わりました。

 

【高校時代】

サッカー部に入部。基礎体力作りで鬼のようなトレーニングの日々。やがて、脚の剥離骨折で戦線離脱。トレーニング室で上半身だけのトレーニングを続けていましたが、やがて飽きてしまい退部。

2年の時になぜかボクたたちの学年だけが空前のバンドブーム。この学年の男子生徒の3分の1がギター、ベース、キーボード、ドラムのどれかをやっているような異常な状態になっていました。そんな中、洋楽を聴くことに没頭していたこともあり、「あんな素敵な曲を演奏できたらいいな!」という気持ちとバンドブームの流れの後押しがあって・・・

「よし! 楽器を始めよう!」

ということで楽器を始めることになる訳です。当時、オフコースの小田和正さんのキーボードを歌いながら弾くスタイルに憧れていたので、両親に頼み込んでRolandのエレクトリック・ピアノを買ってもらいました。

いよいよ、ミュージシャン・デビューです。しかし、ここで大問題が!

「楽譜が読めない」

この小学校時代からの才能のなさがクリアーできるのか不安でした。でも、弾きたいという気持ちが強かったので、当時デビュー用の1曲目として選んだジャーニーの「セパレイトウェイズ」に取り組みました。

キーボード・マガジンに載っていた、この曲の五線譜の意味を勉強しながら鍵盤とにらめっこしました。

以外とやる気とは怖いもので、なんか一瞬にして鍵盤とオタマジャクシの関係が分かってしまいました。

「今までなんで分からなかったのだろう?」

そんなことを思いました。そして、どんどん弾ける曲を増やしていきました。

「結構、才能あるかも!」

美しい誤解は、大切。そして、バンド結成

体育館で開催された「音楽祭」で人生初のライブ出演。マンモス校だったので、何と初ライブの観客は「800人」。今でも過去最高の観客数のライブです。(笑)

4曲やりましたが・・・・・

エイジア「ドント・クライ」

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フィル・コリンズ「恋はあせらず」

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KISS「リック・イット・アップ」

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オフコース「Yes-No」(1982年6月30日 武道館コンサートライブ版)

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というどこからどう決まったのが分からない不思議な選曲でしたが。

このステージから始まったバンド生活が現在まで続いて今年で31年となりました。

 

全てを書ききれていませんが、何か新しいことを始めて、出来るようになった種類は、かなりの数になっていました。この小さな成功体験の積み重ねが今の「挑戦心」につながっていると思います。

そして、高校時代も好きになった女の子に告白しました。そして、また見事に沈没しました。(涙)

そして、卒業して大学浪人に。予備校通いが始まりました。

 

予備校・大学編は、長くなるので今年の誕生日ブログは、このあたりで。

band1


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